#72 みみたぶ

みみたぶ、耳朶。

漢字で書くのはあり得ない。

みみたぶのあの柔らかな感じが全然伝わってこないから。

許せない。

耳朶てっ!

みみたぶでしょ!

どんなにうっすいみみたぶだとしてもみみたぶだよ。

耳朶なんてマジでダメ。

耳朶!?ハァッ!?

 

フェチってものがよく分からないのだけれど、首とか手とか脚とか、見てしまう部位があるってことなのだろうか。

強いて言うなら俺はみみたぶだ。

みみたぶふぇち。

なんか全部平仮名で書くとヤバい感じがスゴいな!(語彙力)

でもね、みみたぶっていいですよ。

あの独特のふんわり感。

触りたくなっちゃうよね。

みみたぶってかなり触りたいものだし、ぷにぷにしたみみたぶの人はそれだけで「お、いいじゃん」ってなりますね。

もちろん、男女問わず。

男だと尚良しです。

みみたぶ触らせてくれるので。

触れないみみたぶよし、いわんや触れるみみたぶをや。

もし視線をみみたぶに感じたら俺かも知れません。

嫌じゃなかったら触らせてください。

下心とかは本当にないです。

みみたぶの妖怪みたいなものです。

 

 

 

 

 

 

 

単身赴任と母親のパート、姉二人は歳が少しばかり離れていたから、学校から帰って少しの間、一人でいることが多かった。

母親に隠されてたゲームを見つけ出してやったこともあったし、一人二役でカードゲームを虚しくもやっていたこともあったし、家の前の自販機でエメマンを買って地平線を眺めながら黄昏れていたこともあった。

総じてどことなく空虚だったけど、それが今の、ホームシックにならない自分を作り出していると言えばそうかも知れない。

寂しいって思いは欠片もない。

ただ、一人は虚しいけどね。

常々思う。

 

一人ぼっちでも生きていける。

でも一人より誰かがいた方がいい。

 

一人は虚しい。

人は何故生きるのか、とかそんなだいそれたこと言いたい訳じゃないけれど、他者と生きていない時間は虚しくて堪らない。

人がいる、あなたがいる、彼がいる、彼女がいる、それが全てで、それ以外は空虚だ。

だから、ここ最近はなるべく一人にならないようにしている。

寂しがりやとは違う、と思いたいんだけどね。

喋ること無くなるまで、いや無くなったずーっと先まで一緒にいましょうよ。

飽きてからが本番ですよ。

楽しくなくなってからが始まりですよ。

あなたがいるそれだけで十分なんですよ。

蕩尽しますよ、お金も時間もなんでもかんでも際限なく。

だからそばにいてくれませんか。

簡単なお願いじゃあないでしょうけど、嫌になったら捨ててくれて構わないから。

 

とは言え、

とは言え人間は一人でやっていけるもんさ。

今の時代離れていても通じ合う方法はいくらでもあるし。

ただ、そいつらもまた別の空虚を漂わせてくるんだけどね。

大丈夫。一人でもやっていける。

やっていけなくても、生きてしまう。

人は、勝手に、生き延びてしまう。

だから、たとえ全部が上手くいかなくても、生きて帰ってきてくれよー。

彼方の星に願うように、平穏を祈って。

#71 間

吐き気と快感のあわい

夢が近くて遠い

何も考えず

腹の底をバラ撒きながら

街を走りたい

 

内在と空虚のあわい

いつか臨界点に至る

ドアの隙間

音が漏れ出るような

自由を求めてる

 

正解と論外のあわい

誰も振り落とされてる

答えを求めた奴から消えていった

途上で狂い出す

 

吸収と阻害のあわい

次は誰が馬鹿を見る?

悲哀溶かした煙が消えていく

換気扇の中に

 

夜を滅ぼそう 誰も寂しがらないように

朝を滅ぼそう 誰も焦らないように

昼を滅ぼそう 誰も泣かないように

残った時間は後で滅ぼそう

 

絶好と頽落のあわい

意識が薄れていく

何も考えず

腹の底をバラ撒きながら

街を走りたい

 

ワタシとアナタのあわい

境界は消えていく

触れ合わなくても綯い交ぜに

まるで夢みたいに

 

夜を滅ぼそう 誰も寂しがらないように

朝を滅ぼそう 誰も焦らないように

昼を滅ぼそう 誰も泣かないように

残った時間は後で滅ぼそう

 

過ぎゆく時間のあわい

吐瀉物の上で寝よう

冷たくなる身体

もう安らぎしかない

安らぎしかないのにね

すぴんおふ

コンビニのイートインコーナーで、隣の高校生カップルが無言でシェアハピを食べているのを見て、無言でいられる関係性に憧れた。

俺は沈黙が怖くて、誰といても何かしら喋ってしまう。喋ってないと死んでしまう病気にでもかかっているのかもしれない。

でも、たまに何も言わずに一緒にいられる人がいると、その人のことがやたら好きになる。しゃべらなくても成立するというのは、多分、信頼のもっとも原始的な形なんだと思う。

言葉って便利なようで、実は距離を測るための杖でしかなくて、本当に近い人とはその杖すら要らなくなるのかもしれない。杖なしで歩ける人を、俺はまだあんまり知らない。

知らないから、憧れる。

ごめんなさい、何の話か分からなくなってきた。

 

 

 

カラオケの話をした手前言いにくいんだけど、実は一人カラオケも苦手だ。

一人だと歌いたい曲しか歌えないはずなのに、なぜか「一人だから思う存分歌える」というプレッシャーに負けて、結局代表曲ばっかり歌ってしまう。

自由を与えられると不自由になる、みたいな現象がここにもある気がする。

誰にも聴かれていないのに、誰かに聴かれている前提で選曲している。多分これは、俺の中に常駐している「観客」が消えないからで、その観客は俺自身の一番厳しい部分でできている。

一人の時間って、本当の意味で一人になれているのだろうか。

分からなすぎる。教えてください、できれば優しく。

 

 

 

祖母の家に行くと、必ず出てくる謎の柿ピーがある。賞味期限がとうに切れているのに、なぜか毎回同じ量だけ減っている気がする、補充されている説がある。

大は小を兼ねると思って買った消臭力の話を思い出す。あれも結局、匂いに支配されて、匂いがあるという事実だけが残った。柿ピーも、賞味期限という概念に支配されず、ただそこにあり続けるという事実だけが残っている。

存在し続けることそのものが、意味を超越する瞬間があるんだと思う。

祖母の柿ピーは、多分もう食べ物ではなく、ただの「祖母の家にあるもの」として、そこにいる権利を獲得している。

俺もいつか、誰かの部屋の隅で、意味を問われずにただ存在し続けられる何かになりたい。

なれるかな。なれたらいいな。

#70 お前の過去なんか知らない。

過去に意味なんかある?

マジ世界五分前仮説って感じなんだが。

これまでの山積なんて全部ゴミと相違ないかもしれないじゃない。

そうじゃない根拠なんてどこにもないよ?

だから経歴も来歴も物語も傷も何も無駄だよ。

 

未来に意味なんかある?

明日があること、突き詰めれば次の瞬間があること、それになんの意味があるのか。

今この瞬間に死ぬことと、天寿を全うするまで死ぬこと、になんの差異があるのか。

幸福だとか思い出だとか、そんなチンケなものではない価値があるのか。

それとも人生はそんなチンケな価値でしか測れないのか。

測るものではないのか。

少なくとも、図るものではないのか。

 

流行り物だから興味があるのか?

興味があるもの、好きになったもの、それは流行っているからか?

人口に膾炙しているからか?

話題に上がるからか?

なんでお前らは麻辣湯が食べたいんだ?

味への興味か?それを知ることは知らないことと何が違うんだ?

行列に並ぶことが、流行に乗ることだと思っているのか?

なんでお前らはもっちゅりんを食べたいんだ?

食感への興味か?以下同文

たかが麺、たかがドーナツだと認識しているんだろう?

まさか人生を揺るがす何かだとか思っていないんだろう?

いや人生を揺るがすものであったとしてもだ。

皆がやっているからやる就活、SNS。

食べるから食べている麻辣湯、もっちゅりん。

皆が見ているから見ているネットフリックス、Amazonプライム。

そこに主体性は?個性は?自由意志は?

要らないのか?右向け右を嫌うんじゃないのか?人間は。

本当に大切なのは、自由意志風の選択肢だけか?

もしかして自分で選択できていないことにも気づいていないのか?

 

じゃあお前は何を選択できているのか。

 

何も選択などできやしないじゃないか。

全ては決まっている。出会う人も別れる人も。出会い方も別れ方も。

当たり前じゃないか。疎遠になる理由があり、親密になる所以があり、絶縁になる要因がある。

全ては因果律の下にある。

脳内に浮かび上がる選択肢も、過去の経験や思考のパターン化に過ぎず、つまりそれらが乏しい人間が選ぶ選択肢は少ない。

それを拡大すれば、どれだけ経験に富んだ人間も思考を重ねた人間も、有限で不自由な選択を強いられていると考えられる。

 

だとしたら過去から全て逆算できるのか。

 

「喉が乾いた」の結果は「水を飲んだ」にも「干乾びた」にもなりうる。同様に「水を飲んだ」の原因は「喉が乾いた」にも「緊張した」にもなりうる。

因果律はあれど、収束はしない?いや現在が結び目のように窄んでいるだけで、過去未来両方に因果の束が広がっている的な?

今この瞬間だけ因果が収束してる、的な?

 

どうでもいいけど。

他人を批判できるほど、自分も自分の好きに能動的じゃないわ。

人殺しが趣味です、とかだったら話変わってくるのかもしれないけど。

そもそもこの大レコメンド時代に、能動的な情報入手なんてどのように?って感じだわ。

情報量が多すぎて、能動的選択の生理的コストが高すぎる。キモい。

ワットアバウティズムくらいキモい。

手段の目的化くらいキモい。

貧困くらいキモい。

 

全然しょうもない話だったね。

 

 

 

 

ここ最近Twitterが色んないざこざしか見せてくれなくて大変つまらない。

しょうもない人間がしょうもない人間を叩いて、それをまたしょうもない人間が叩いてみたいな繰り返し。

黙ってられないのかね。一時発信しかできないSNSとかあればいいのに。誰も反論も論議も詰問もできないやつ。それはまあクソ愚かだが、争い合うよりはマシだろ。

てか、気が立ってる時も酔っ払ってる時もSNSで発信するな。まだそれで発信して愚かなのは許せるけど、短絡的過ぎるから辞めろ。

別にそういう脳に影響与えられていないニュートラルな状態でも発信できるのなら、異常な器だってだけだからね。より悪質だよ。

 

悪質とか、誰が言うてんて話だよな。

 

 

好きになればなるほど、遠ざかっていく感覚ってのもあるもんで、簡単に消費したくないとか、失いたくないとか思って大事に大事にしている内に感情に黴が生えて、自分でも手に負えない何かに変わってる。

なんだかそういうのを繰り返して、偽物の恋愛をよーやってるなって感じがする。

好きなら好きって言えばいいのに。

嫌いなら嫌いって言えばいいのに。

いやいやとか全然とかばっか言って、伝えられない、もう君に興味を無くしてしまったも言えたらいいのに。

愛してるとかだるいし、あざといのはズルいし、ドジなのはしんどいし、聡いのは面白くないし。

会えないのは嬉しくないし、会えるのは調子よくないし、会いたいが丁度いい気もするし、会わなくても構わない気もする。

気軽に連絡取れないなら要らないし、そもそも隣は俺じゃないし、もっと健康で、健全で、つまらなくて、格好いい奴だし。

気を遣って、遣われて、お互いそれを理解してなんかよく分からない気遣いの衝突みたいなの起こさない奴だし。

君は自由だし、勝手に生きて、勝手に恋をして、勝手に幸せになってくれればいいし。

俺は勝手に死ぬまで生きるし、勝手にそこら辺の女と愛もなく身体を重ねるし、勝手に不幸になる。

なんかの偶然で出会ってしまっただけなのに、勘違いしてごめんなさいと言おう。

愛してしまってごめんなさいと言おう。

勝手に愛して、勝手にどうでもよくなることにしたよ。

眠れない夜をありがとう。

karmapart

#69 わんわんにゃんわんぱおーんにゃんわん

お前ら犬猫をLINEのアイコンにしすぎだろ。

 

スクロールしてもわんにゃんわんにゃん。

テキトーなとこで止めてもわんにゃん。

通知を見てもわんにゃんわんにゃん。

家に帰ってもわんわんわんわん。

(↑音読しろ。)

 

こんな逃れられないものなのかよ、犬猫って。

皆好きすぎるだろ、自分の飼い犬飼い猫。

凄いな!

なんでだよ。

異なる命だろ。

そういうことじゃないじゃんって言うな。そんなこと分かってるから。

俺が言いたいのはぁ、

もっと多様であれよLINEアイコン!

だから。

 

きっしょいアイコン、うぇるかむ。

 

 

 

 

 

 

首と喉の調子が悪め。

如実に体調が悪いとあれだな、全てにむかつきだすな。

早稲田駅で電車に乗ってくる男は、皆リール動画で紹介されてるような無個性で下心を淡い色のアウターで隠してるみたいなファッションと、清潔感だけあればいいみたいなテキトーな髪型で統一されててきしょいな。

AI生成のダンディな声であらすじを喋りまくるファスト映画のショート動画全てのSNSで出てきてうざいな。

インスタントカメラで写真撮ったら兵役から帰ってきた息子が後ろに映り込んでるサプライズの動画もう見飽きたな。

土曜24時の中央線は酒気を帯びていて最悪だな。

ここ最近のカラオケ、歌いたい歌を歌えすぎてもう歌いたいという感情があんまりないな。

最近暑いな。

ローソンってある場所には沢山あるのに、ない場所には全然ないな。

ペペロンチーノはちゃんと作って食べるとめちゃくちゃ口臭くなるな。

自転車乗りながらスマホをイジるジジイがいた。ジジイがスマホ中毒になるな。

Twitterはうるさいな。

処方量変わって今日から毎晩計7錠食うの普通にウケるな。

ジジイは傲慢だな。

ババアは無知だな。

そんなことないって言うのは君の仕事だからな。

 

 

 

 

 

 

 

働いてる時間って、疲れたり退屈だったりするけれど、鬱的な苦しさはあんまりなくて、そう考えると生活を立たせるために生きている時間は、「生きる」って目的が生きることに重なるから、生の無意味さとか考えなくて済むんだろうなと思う。

同時に、余暇の、遊びの、夜の時間は、自由で豊かに生きられる反面、何ものも生きる理由になってくれない感じがして、それが苦しかったりする。

#68 夜明けに再起

みんなテンポでエスカレーターに乗ってる。

階段って、それぞれのテンポで歩くから、前の人が遅いと詰まるし、早いと焦る。

エスカレーターはそんなことなくて、自分のテンポが侵害されない。

だから、楽とか苦とかじゃなくて、テンポなんじゃないかと思う、エスカレーターが選ばれる理由って。

テンポが乱れることで、人は嫌な気分になる。

生きるスピードが違い過ぎる人と仲良くなれないのもそれが理由な気がする。

 

 

 

 

 

〈夜〉について。

〈夜〉は暗闇。誰も彼も肩書きや虚飾を捨て去られて、その人も知らない原生の自分が現れる場所。

私がそこにいること、それすらぼやけて、あなたがいること、それすら不安定で、曖昧なしかし確かな関係の中で、刹那的な時間を過ごすということ。

夜が明ければ日に焼かれて、溶けてしまうような氷菓みたいな、そんな一個人として、いるいは一つの関係として、ありのままに存在すること。

〈夜〉は有限。それでいて幽玄。永遠の闇とは、また違う荘厳。終わりがあるという形の聖性が、いつも僕らを待っている。夢に混じってしまいそうな、思慮が暴れて眠れなくなる。〈夜〉は永遠、ではないはずだと、信じる気持ちが夜闇に滲み、ダークブルーに夜が揺蕩う。

〈夜〉は寂寥。孤独の遊び場。無邪気に孤独が跋扈してる。大人子供も皆等しく、侘しさを胸に溜め込んでいる。雨が騒いでるそんな夜には、君も私も夢も見れずに、喧騒のような静寂という音が部屋に屯するという苦しみ。

 

 

 

 

 

 

 

このあとすぐに死んだら、これが遺書代わりになると考える。

途端に書くことに重みが乗るというか、面白いことよりも何を残すかを考えてしまって気軽に言葉を綴ることが難しくなる。

ブログなのにっ!

ブログってのはね!テキトーなことをテキトーに書く場所でしょうが!

有料noteでそれっぽいこと書いて小銭稼いでるんじゃないですよ僕はね!

はてなブログとかいう場末のサイトでよしなしごとをバカみたいに語っているだけですよ!

ちゃんとする方がおかしいんですよ!

(無駄にプラットフォームを殴ってしまった。ごめんね、はてなブログ、僕は好きですよ。)

 

とは言え、こんなテキトーこいてると苛立ちが湧く方もいらっしゃるでしょう。

そんな奴は読むなって言えたらいいんですけど、ブログって誰が読んでもいいものなのでね。

だから逆に言いましょう。

苛立つな!

こんなテキトーに生きてる人間に苛立ってもしょうがない!だってこいつは気性ですから。あんたが怒ろうが何しようが治りませんから。

あなたがしっかりかっちりしてるのも環境がそうさせているのですよ。僕がテキトーで怠惰であるのがそうであるように。

何こいつ!自分の責任もとれないのかいとお思いでしょうか。

その通り!僕は自分の行動に責任を取る気がないのです!というか、とれると思っていない。無能なので。

このブログもそうです。

ブログのいい所は言いっぱなしでいいとこなんて言葉もあります通り、自分の言葉が生む波及効果に責任など取れませぬわい。

ただ、責任を持つことくらいはできます。取らないけれどね。ただ自分の行動に、あるいは言葉に、責任を持つことはこんな非力なワタクシめでもできるわけで。

じゃあその差異はどんなもんかと聞かれれば別に大したことは言えないんですけど。

ただ僕は誠心誠意テキトーこいてるってことです。

覚悟を持って嘯いてるということです。

日々をかっちり生きている人が、かっちりすることを意識的になさっているように、かっちりしないことを意識的にやっているのです。

そっちの方が都合がいいから、とか言えたらいいんですけど、そうじゃなきゃ自分が生きれないからです。

僕は生きるためにクソテキトーになりました。生存戦略ってやつです。それを認めてほしいとかは、全くないですけどね。

 

……とはいえ、これを読んでる人はそんなこと分かってる人が大半で、もっと新鮮味のあること言ってくれよーって思っていると思うんですけどね。

ONICHA!!(新鮮味のあることを大声で言う)

 

言うて新鮮味はもうないか。

方方で聞くもんな、ONICHAの話。

 

 

 

ブログはこれからもテキトーです。

たまーに真面目に書きますが、それは怒り回なので反省して読んでください。

テキトー、気まま、ふざけ調子。

これが僕なりの真剣です。

これからもご愛顧ください。

恩返しの出来損ないみたいな文章を返礼しますので。

#67 起き抜けに嵐

嵐のように全てを吹き飛ばす、どうにもならないものが好きだ。

圧倒的で、誰にも、どうすることもできない、ただ黙って見ていて、そして、従うしかない、そんな嵐みたいなものが大好きだ。

 

 

人生のように冗長に、生きる意味にならない程の幸福と、死ぬ理由にならない程の不幸と、まやかしみたいな自由がある、どうにもならないものが嫌いだ。

圧倒的じゃないくせに、運命の中で揺蕩うことしかできない、ただ黙って生きて、そして、従うしかない、そんな人生みたいなものが嫌いだ。

 

 

 

クラブはうるさくて、人が多くて、酒と性欲が渦巻いているから嫌いだ。

行って改めて思った。

大きい音、特に重低音は、横隔膜に響くからか分からないけれど、呼吸を浅くさせる。

脳に十分に酸素が回ってない感じがするし、呼吸のリズムが乱れるようにも感じる。

最悪である。

こんなことならグランピングに行って、大自然の中で吸えばよかったと思いながら、DJブースから離れた喫煙所で、喧騒を避けて煙草を吸い続けた。

頭がガンガンに冴えている。ウハウハ

非喫煙者には分からないと思うが、クラブの喫煙所で吸う煙草と、自然の中で吸う煙草は全然違う。

カレーとうんこぐらい違う。

似てるやんけ!って思った人間がいたら言いたい。

カレーとうんこが似てる訳ないだろ、ふざけるな。

 

とは言え、クラブもそれなりに面白い面もある。

トランスの女性(自認)がつまらなそうに酒を飲んでいて、声をかけたらフランス人で、フランスが嫌いで、女の子が好きだった。

レズでもあるのかよ。素晴らしいじゃない。

ちなみに顔と身体は男性っぽくて(この表現が適当かは不明だが)、服装は女性だった。

足が逞しくて、そして綺麗だった。

二人で虹色の光の中で、男と女が混じり合うフロアを冷めた目で眺めながら、少し話した。

クラブがうるさくて嫌いらしい。

じゃあなんでいんだよ。

その後少し話をしてから離れた。

ここまでの話も騒音の中でしたから、合ってるかはあんまり分からない。

少なくとも、彼は女性で、足が綺麗で、口が臭かった。

 

 

 

クラブを見ていると、師が酒を飲む時によく言う「馬鹿になろうよ。」という文言を考えさせられる。

酒を飲み、盛り上がり、馬鹿になった姿がこの痴情の楽園なら、俺は勘弁だなと思った。

あおったキューバリブレは、ハバナクラブで作られていた。先生が好きなラム。

先生は多分沢山考えてしまう人で、それ故に今の地位を手にし、それ故に学者として大成し、それ故にあの歳になっても悩み続けているんだと思う。

俺はあの人程、哲学の道を歩んでいる人を、正解ではなく思考を選び考え続けている人を知らない。

恐らくいるんだろうけれど、俺の世界にはあれ以上はいない。

そんな人間が「馬鹿になろうよ。」と言うのは、ある意味で敗北のようだと思う。

私はもう考え疲れてしまった。

そういう悲鳴のようでもある。

考えることに疲れることは、感覚的に分かるけれど、実際に分かると言っていいのだろうかとさえ思う。

俺程度の考え疲れとあの人の考え疲れが同様の物には、どうしても思えないから。

沢山考えて、その度に苦しんで、その先に思考に目処をつけることを、たとえそれが敗北だとしても、批判できる気がしない。

リスペクトに欠けると思う。

だから、先生の白旗を俺はもう少し真に受けて、酒を酌み交わそうと思う。

一時の思慮の暇に、家庭環境の話とか、もうしない。

 

先生はヤニカスだから、酒の席を何度も立つ。

それを敗北への細やかな抵抗だと捉えるのは、いささか物語性を極めすぎているのだろうか。

酒で緩まった思考を、煙草でキリッとさせる。そのマッチポンプのような構造の中で、一人の人間の在り方を見るのは間違っているのだろうか。

俺は酒を飲んでも馬鹿になりたくないから、煙草こそ付き合いたいと思う。

ため息を紫煙に溶かして、灰と悲哀を落として、そうやって生きるしかない身の上で共にありたいと思う。

煙草を抒情的に描いてもヤニカスはヤニカスで、ヤニはカスだが。

 

いつからこんな風になってしまったのだろうとか、思う人間だったらよかった。

悪い子になってしまったことに何も思わない。悪いのは前からだし、子供ではもういられないけれど。

でも先生に、悪い子だって言われるの、なんか好きなんだよな。悪い人だ。

ろくな死に方をしてください。

それが何よりも罰になるでしょう。

先生みたいな人にとっては。

 

 

 

 

 

マシュマロはいつ食べても当分いいやって思う味していないだろうか。

あれをバクバク食えた昔の自分と、バクバク食えるアメリカ人凄すぎるって言おうとしたけれど、アメリカ人とマシュマロを結びつけるのは典型的なステレオタイプな目線で申し訳ないと思いながらも、アメリカ人以外常食しないだろあんなもんは、と言うのはマシュマロへの誹謗中傷いや物に誹謗中傷って当てはまるのかと思ったけれど、八百万の神的に言えば待ってマシュマロって完全に近現代の渡来の物にも八百万の神って存在するのか当たり前だろ、八百万なんだからああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ